和田誠(イラストレーター)の妻、息子や嫁が全員著名人だった!経歴や受賞歴も紹介!

和田誠さんといえば、「日本のイラストレーター」、「グラフィックデザイナー」、「エッセイスト」、「映画監督」など多岐に渡り才能を発揮されてきた方です。

長年、「週刊文春」の表紙を担当されていたので、ご存じの方も多いのではないでしょうか!

今回は、和田誠さんの妻、息子や嫁、経歴・受賞歴などを調べてみることにしました。

興味のある方はぜひ読んでみてください!

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和田誠さんの妻は?

出典https://twitter.com/Remi_Hirano/photo

和田誠さんの妻は料理愛好家・シャンソン歌手の平野レミさんです。

【プロフィール】

本名:和田レミ(わだ・れみ)

生年月日:1947年3月21日

年齢:74歳

出身:東京都台東区

職業:タレント、シャンソン歌手

平野レミさんといえば、料理番組を中心に活躍されている方で、テンションが高く、マシンガントークが特徴ですよね。

自由奔放で明るいキャラクターの平野レミさんを見ていると、自然と笑顔になりますし、また元気をもらえる気がします。

その自由奔放で明るいキャラクターがお茶の間にウケて、バラエティー番組でも多く見かけるようになりましたね。

和田誠さんと平野レミの馴れ初めですが、和田誠さんが平野レミさんに惚れ込んだことが縁だったそうです。

当時、和田誠さんは、久米宏さんに平野レミさんを紹介するようお願いしたが、「絶対紹介しない」と断れたそうです。

それでも、平野レミさんを諦められない和田誠さんは、TBSラジオのディレクターに頼んだみたいなんです。

そしたら、ディレクターに「紹介してもいいけど、責任は持ちませんよ」と言われてしまったらしいのです。

なかなか一筋縄ではいかなかったようですが、1972年に、出会ってから僅か10日。

和田誠さん36歳、平野レミさん25歳の時に結婚したそうですよ。

めっちゃスピード婚ですし、お二人にとって、お互いが運命の人だったんですね!

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和田誠さんの息子は?

和田誠さんと平野レミさんには、2人の息子さんがいます。

和田誠さんの長男は、スリーピース・ロックバンドTRICERATOPS(トライセラトップス)のボーカル・ギター担当の和田唱さんです。

また、和田唱さんは、ほぼ全ての楽曲の作詞作曲をされているそうですよ!

お1人で作詞作曲されるなんて、才能や感性、センスを持ち合わせている方だと思いますし、メンバーからの信頼も厚いんでしょうね!

出典https://twitter.com/sho_wada/photo

【プロフィール】

名前:和田唱(わだ・しょう)

生年月日:1975年12月1日

年齢:45歳

出身:東京都渋谷区

職業:音楽家

事務所:トリニティー・アーティスト

そして、和田誠さんの次男は、母・レミさんの料理サイト「remy」のクリエイティブ・ディレクターをされている和田率さんです。

大手広告代理店でCMプランナーを経験された後、株式会社「remy」の代表として、日々、キッチンウエアの企画デザインや、アプリの開発に奔走されています。

和田率さんには、3人のお子さんがいますが、子供の弁当作りもされているとのことです。

お忙しくされている中で、弁当作りもされているなんて、本当に素敵なパパさんですね!

出典https://remy.jp/column/wadaritsu

【プロフィール】

名前:和田率(わだ・りつ)

生年月日:1979年

年齢:41歳

出身:東京都渋谷区

職業:株式会社remy 代表

著書:「お弁父」

趣味:サーフィン

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嫁(息子たちの妻)も著名人だった

出典https://twitter.com/Remi_Hirano/status/776341459234541570/photo/1

驚くなかれ!和田誠さんの妻や息子たちだけではなく、なんと嫁も著名人でした!

長男の和田唱さんの妻は、女優として活躍されている上野樹里さん

次男の和田率さんの妻は、

モデル、そして食育インストラクターの和田明日香さんなのです!

家族全員が著名人ってスゴくないですか!

いろんなジャンルの話が飛び交っていそうで、話題がとても気になりますね!

でも、平野レミさんが仕切っていそうで、独壇場だったりして・・・。

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和田誠さんの経歴や受賞歴は?

出典https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/

【プロフィール】

名前:和田誠(わだ・まこと)

生年月日:1936年4月10日

没年月日:2019年10月7日(83歳没)

出身:大阪府大阪市東住吉区

職業:イラストレーター、エッセイスト、映画監督

1959年に広告制作プロダクションライトパブリシティにデザイナーとして入社すると、日本専売公社が発売予定の新商品の紙巻きたばこ「ハイライト」のパッケージデザインコンペに参加し、採用。

その後、キヤノンや東レといった国内有数の企業の広告デザインを担当した後、1968年退社されます。

退社後は、フリーランスとなり、「週刊文春」の表紙や星新一著作の挿絵などを手掛けられます。

他にも、村上春樹の『アフターダーク』、三谷幸喜や阿川佐和子作品を始め、数多くの装丁を担当することに。

イラストレーターとしての仕事が知られる一方、『窓ぎわのトットちゃん』など、自身のイラストを用いないデザインも見られるようになります。

テレビ番組に、なかなか出演しないことで知られる和田誠さんも、黒柳徹子さんとは交流があったようで『徹子の部屋』には出演したそうです。

1984年には、角川映画として初監督作品である真田広之さん主演『麻雀放浪記』や、小泉今日子さん主演の『快盗ルビイ』などの作品でメガホンをとります。

また、アニメーション作家としての実績もあり、1960年に久里洋二・柳原良平・真鍋博が「アニメーション三人の会」を結成されます。

1961年には、NHKで放送開始の『みんなのうた』に参加し、初のアニメ映像作品『誰も知らない』を始め、他9曲の映像を製作されます。

さらには、フジテレビ『ゴールデン洋画劇場』のオープニングタイトルも手掛けるようになります。

和田誠さんの受賞歴もスゴいので一緒に見てみたいと思います。

【受賞】

1958年:多摩美大在学中に『夜のマルグリット』のポスターにより
日本宣伝美術会賞受賞

1960年: たばこの「ハイライト」のデザイン・コンペに入賞
1961年:寺村輝夫作、和田誠画の『ぼくは王さま』で毎日出版文化
賞を受賞

1964年:短編アニメ映画『殺人 MURDER』により毎日映画コンクー
ル大藤信郎賞受賞

1967年:和田がアートディレクターをつとめる雑誌『話の特集』       が、アートディレクターズクラブによるADC賞(銅賞)を       受賞
1969年:「週刊サンケイ」などの表紙似顔絵[9]その他で文藝春秋漫
画賞受賞

1974年:似顔絵集『PEOPLE』で講談社出版文化賞(ブックデザイ       ン部門)受賞
1981年: 講談社出版文化賞(さしえ部門)受賞
1982年: 『ビギン・ザ・ビギン』で角川書店日本ノンフィクション
賞受賞。

1984年: 映画『麻雀放浪記』で報知映画賞新人賞受賞。山路ふみ子
文化財団特別賞を受賞

1989年:映画『快盗ルビイ』でブルーリボン賞受賞
1993年: 『銀座界隈ドキドキの日々』で講談社エッセイ賞受賞
1994年:幅広い活躍により菊池寛賞受賞。同年、「そらをとんだた
まごやき」(落合恵子作、和田は絵担当)で産経児童出版文       化賞(第41回)を受賞

1998年:『ねこのシジミ』で日本絵本賞受賞
毎日デザイン賞を受賞

2002年: 日本宣伝賞山名賞を受賞
2003年: 淀川長治賞(第12回)を受賞
2006年: 『どんなかんじかなあ』で日本絵本賞受賞
2007年:『和田誠切抜帖』で造本装幀コンクール展日本書籍出版協
会理事長賞(第42回)を受賞

2015年:「一コマ漫画を目指す人たちのお手本として」、日本漫画
家協会賞特別賞(第44回)を受賞

2020年:「映画の素晴らしさや愉しさを広く伝え、多くの映画ファ
ンを育てた功績に感謝をこめた」ことから、第93回キネマ
旬報ベスト・テン授賞式で特別賞を受賞

誰も見ていないところでも、人一倍努力を重ねられてきたのだろうなぁと思います。

輝かしい経歴も、数々の素敵な受賞も努力を積み重ねてきた結果ではないでしょうか!

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まとめ

今回は、和田誠さんの妻、息子や嫁、経歴・受賞歴などを調べてみました。

和田誠さんの家族全員が著名人であることもそうですが、輝かしい経歴や受賞の数々にも本当に驚きました。

私の記事を最後まで読んで頂き誠にありがとうございました。

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